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よんよん日記

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TBSドラマ ともさかりえ,上川隆也出演 君が教えてくれたことはこちら



我が家へやって来たちょっとだけレインマン


                                         
 
韓国映画「マラソン」の予告を見ました。ストーリーを知らなくても主人公が自閉症であると私にはわかりました。

    


私が始めて自閉症を知ったのは15〜6年前でしょうか?今ではハリウッドを代表するドル箱スター!
トム・クルーズが大好きだった私は
彼のかっこよさだけに惹かれて映画レインマンを見に行きました。

       


ダスティン・ホフマン演じる自閉症の男レインマン・・・彼はこの映画でオスカーを手にしました。
映画を見終って余韻が残る中・・・・私の感想は・・・こんな人が世の中にいてもいいんじゃない・・・・

       


今アメリカではこの映画レインマンのモデルとなった実在の男性の脳を研究しているとのこと。

  

映画を見たことのある人なら彼の人並み外れた記憶力と計算力に驚かされたことでしょう。
一瞬にして落ちた楊枝の数を数える能力。読んだ本の内容はすべて記憶してしまう能力。カレンダー計算
本当に本当にこんな人がいてもいいじゃない。って・・・・・・愛すべき人だって・・・・・・・思いました。

      

今から13年前、彼はそれはそれは色の白い綺麗な赤ちゃんとして生まれてきました。私の子供として・・・・・
本当に綺麗な赤ちゃんでした。待望の第1子

      

けれど彼は1歳になっても2歳になっても3歳になっても言葉を話しません。人といる事を嫌います。
いつもミニカーを一直線に並べて遊んでいます。
手をひらひらさせて光が差し込んで来る方向を不思議そうに見ています。
友達と一緒に遊ぶ事も出来ません。かんしゃくを起こして奇声を上げていることもありました

      

何かがおかしいと気が付いた私の脳裏をよぎった過去の記憶・・・レインマン・・・・・・?
本当にうちへやって来てしまったの・・・・?レインマン?うっそ〜〜・・・・・・?

彼は小学校へ入学する直前に自閉症と診断されました。


掲載している絵は彼が小学校1,2年生の時にパソコンのペイントにマウスを使って書いた物です。
ちょっとした才能?!

マウス作品集にGO⇒


その彼も今は中学1年生へと成長しました。背も高くなかなかのハンサムボーイ。
小学校6年生の時は髪を短く切るとヨン様みたいなどと先生に冗談を言われて少し嬉しそうでした
よんよん日記のネーミングのルートでございます。
ヨン様ファンの皆様どうぞご理解くださいませ。

      

今はクラスに1人は必ずいると言われてる自閉症。
うちのよん君の成長記録で元気になってくれる人がいて下さればと思い
ホームページ上に掲載することに致しました。
彼は今県内でも優秀と言われる中学校へ通っています。住居がたまたま学区内だったわけですが。
7クラスある普通学級で頑張っています。


一番大変だった?幼稚園時代!

教育委員会の審査を受けてや〜っと入園できた普通幼稚園。

この日から私の(穴があったら入りたい)生活が始まろうとは!!!
入園式では飛び出さないように先生に腕をつかまれ、私は奇声を出さないようにと祈る思い!
先生から呼ばれ何度彼を見張りに行った事か・・・運動会ではシャッターチャンスの多いこと!
自分の出番ではないのにいつも出場。いざ出番になると壁に張り付いて出て来ない。
本当に恥ずかしかった・・・とほほ・・・!
あんな子がいるからと冷たい視線を保護者から注がれ、
今に見てろよ〜〜〜と闘争心をあおがれた事が昨日のようです。
でも何より辛かったのがこの保護者の冷た〜い視線でした。
夜、茶わんを洗いながら人知れず何度涙したことか・・・・・・・
幸いそんな事を言う保護者は転勤でいなくなりました。もう2度と私の前に現れるな!!!

    

園長先生が見守っていきましょうねと言ってくれた時が一番嬉しかった!!
彼は少しずつ言葉を覚えていきました。まだ意味のわからない会話にはならない言葉
何食べる?と聞くと何食べる?と返って来るオウム返し・・・・・
でも着実に語彙は増えていきました。
卒園式も立派に出来ました。私はもう涙で顔はぐしゃぐしゃになってしまった。


幼稚園時代に心がけたこと

危険なことは徹底して教えました。
車に突進していく彼に車の危険を教えることには苦労しました。
彼を殴り床に叩きつけて車に引かれたら、もっと痛い、死ぬかもしれないことを身体の痛みで教えました。
近所の人が駆けつけてきたくらい私の罵声と彼の泣き叫ぶ声は凄かったのでしょう。
今思えば幼児虐待でご近所から訴えられていたかも???
これを機に車には注意するようになりました。他にもいっぱいあります。


      


先入観念をもたれた小学校時代

自閉傾向のある子供が通う訓練施設に彼は3年間通いました。
そこの先生は小学校普通クラスへの入学は難しいから教育委員会で審査を受けるように私に薦めました。
幼稚園入園前に受けたあの審査をまた受ける気にはなれなかった・・・・
こんな子が普通学級にいてもらっては困ると言わんばかりの対応!今でも思い出すと腹が立つ!
私は審査は受けずに学区の小学校の校長先生に直接お会いしました。
何か迷惑をかけるようなことがあれば必ず私が一緒に付き添って来ます。
と校長先生にお話した時、校長先生がおっしゃった言葉・・
「子供は常に成長をしていきます。彼の成長に期待しましょう。一緒に頑張りましょう。」と・・・・
幸いにも彼はパニックを起こすことはほとんどなく、多動も少し治まっていました。

      
 

小学校の6年間は本当にいろいろあったけどまあ穏やかだったかもしれません。
これを除けば!!!

教職員があまりにも自閉症のことに無理解でした。
懇談を受けても先生は「私はどのようにすればよいのでしょうか?」と
不安げに言われます。身上書に自閉傾向云々と書いてしまったせいなのか
人と変ったことをすれば自閉症のせいと言われ、確かにそういう事も無きにしも非ず・・・・ですが・・・
4年の時には消しゴムを貸してくれた女の子に好意を持ったらストーカー行為と先生から電話で報告され
太った先生に「先生太ってるね」と言ってしまった彼に怒りの電話は入って来るし。
(先生もっと大らかになってよ〜〜言われていやなら痩せれば!)
とにかく4年生まではレッテルを貼られていたような気がします。

      

いい先生にめぐり合えた5年生6年生

5年生の担任は周りの保護者から、力がないとか統制力がないとか色々言われていました。
そんな担任が一肌脱いでくれたこと。
海の学校での学校代表挨拶に彼を抜擢してしまった!
他の先生だったら絶対にうちの子なんか選びませ〜ん。
自信を付けさせてあげたい!それだけの思いでうちの子を選んでくれました。
おかげで先生は終わるまでハラハラしっぱなしだったとか。
先生の心配をよそに本人はひょうひょうとしてたそうな!
このことがきっかけで彼は少し自信を持ったように思います。

    

友達のいない彼に友達が出来ました。
元気でやんちゃな男の子が友達になってくれました。
元気すぎてトラブルの原因になったこともあるそう・・でも
この彼、色々なことをうちの子に教えてくれて私にとってはいい存在なんだけどなあ!!
彼のママもとっても素敵な人!
ま、人間100点満点の人なんていませんから!!!


      

6年生でもいい担任に恵まれました。
中学進学で悩んでいた時言って下さった言葉。
「普通学級で頑張ってきたからこれだけ彼は成長しているのだと思います。
中学は勉強があるので大変かもしれない。けれども勉強は何とかなるでしょう。
出来ればこのまま普通学級で頑張ることが彼にはベストだと思います。」
この先生の助言で普通学級に入れることを決めました。


      

小学校生活での勉強のこと

小学校入学と同時に公文式に自分から行ってしまった。
国語と算数。自分が勝手に好きな子に付いて行ったんだから何があっても
小学校の間は辞めないことを本人に確認しました。
認知の発達が遅れていた分、視覚からの入ってくる情報の記憶力には優れた物がありました。
勉強はホワイトボードと色のカラフルなマグネットを買ってきて視覚から入ってくるものを手がかりに
1〜20までの数と、言葉の持つ意味を簡単な身の回りにあるものから
徹底して教えました。小学校1年生は毎日が戦いだったように思います。
物事の善悪も彼がわかるまで何度も何度も教えました。

公文式のせいなのか彼の生まれ持った能力なのか計算力はさすが!!
レインマンには劣るけれども記憶力も凄い!!
「お母さん、ここは僕が3年生の時に始めてきて今日で5回目だねえ」
なんて平気で言ってのける!!私はそうだったけ????
「もっと役に立つ事しっかり覚えてよ。」なんてこの口が言ってしまう。

もし小学校入学事に選択を誤っていたならば、今の彼はいなかったでしょう。
多くのいい刺激を受けて多くのいいお手本を真似してなんとか成長してくれたように思います。
自閉症は軽度から重度まで多様な症状があって100人いれば100人みんな違います。
「彼の場合は小指の先をちょっと自閉症の世界の突っ込んでしまったかなあ
将来的には見通しはたぶん明るいような気がします。」と言って下さった担当医。
信じていますよ!!その言葉!!


コミニュケーション能力に欠けるためちょっとした事で誤解を招きやすいのが
今一番の心配事・・・中学の3年間でどのように成長していくのか・・・
何はともあれ親になった以上子供の成長には嬉しいことばかりではありません。
心配なことの方が多いかもしれません。うちに限らず!!



中学生活もハラハラどきどきの連続です
前途多難な?中学生活のスタートです。何もかもが初体験 !

親も子もハラハラドキドキの中学校だあ〜でも相変わらずひょうひょうとしている我が息子よ!


中学の入学式はブラスバンドが素晴らしい演奏で迎えてくれた。
何処にいるのかわからないうちのよん君は何処?と思っていたらかったるそうに入ってきた入ってきた。
ま、今のところ背が高いほうなので何とか見つけることが出来る。

なかなか制服も似合いますよ。ブレザーにネクタイ。ズボンにベルトなど締めたことのない彼は
トイレに行くとき全部脱いで行った。おいおい家ではいいけど学校でやるとやばいよ!!
運動靴も何度練習してもリボン結びが出来なかったので、ずーっとマジックテープ仕様だった。
しかし、中学には規定があったのだ。運動靴は紐結びだよ。一晩かかって紐結びの練習をやった。

ネクタイのつけ方、ベルトの仕方も練習した。うちは男親があてに出来ない


何処もそうかもしれないがうちは特に駄目だ。色々なことが私の肩にずっしりとのしかかって来る。
話をしていても日本語が通じないのである。かといって英語もしゃべれない。
右脳と左脳が遮断されているのだろう。情報の行き来がどうも出来ていないようだ。
ってことはうちのよん君はひょっとしたら父親に似たのかもしれない。げ〜ろげろ〜〜!!


さて、中学でも先生には恵まれたといってよいと私は思っている。
クラスメイトにも恵まれたようである。善悪は別としてあの仲良しの友達も同じクラスになった。
中学では教科によって先生が変わる。担任とは朝会ったら帰りまで会えない時もあるだろう。
この状況を不安がらないかとても心配をした。
また教科の先生が何処まで彼を理解してくれるかも心配だった。
しかし何とか順応していっているようである。
何でも、わからないことがあるとちゃんと聞きに行っているらしい。
これは小学校に比べるととても大きな進歩である。

彼のリュックはえらく重い!!小学校では家が学区の一番端であった為、遠い道のりを毎日歩いた。
これが良かったのだろう。体がしっかり出来上がっていて体力だけはある。
中学は家から近くなった。だから少々重くても毎日教科書などはきっちりと持って帰ってくる。
頭のいい子だったらちょっと考えて学校に置いて帰るのかもしれない。

毎日決まった時間に起きて同じ時間に出て行く。小学校の時よりも30分もゆっくりできる。
だからと言って寝過ごすことがないのが立派なとこである。
毎日本当に楽しそうに学校に行っている。小学校の6年間も幸いなことにいじめにあわなかった。
高機能自閉症児の親は誰もがいじめの心配をする。私も学校生活が始まってからは一時も
この心配事は頭から離れなかった。

と思っていた矢先、事件は起きた。2年、3年生の上級生のとさかに触るようなことを
言ってしまったのか、してしまったのか。
1回目は腕をつかまれてあわやという状態になったらしい。
2回目は胸ぐらをつかまれて少し怪我をしてしまった。
幸い教職員の適切な対応で大事には至らなかったらしいが心配していたことが起きてしまった。

状況判断がなかなか出来にくいので変な誤解を招いてしまう。
前述したがこれは何かがあるたびに何度も何度も教えている。
しかし、私は中学に入学して早い時期にこういうことがあってよかったと思っている。
怖い目にあったわけだから自分でも警戒するようになるだろう。
それにこんなことを言うとひんしゅくを買うかもしれないが入学間もないということで
教職員も目を光らせて下さっていることだと思う。


                

信じた私がばかだったよ〜〜〜
ここの中学は1学期は中間試験がない。初めての期末試験がやって来た。
試験範囲は習ったとこまでという本人の言うことを信じた私がばかでした。
プリントは何処から何処まで、ノートはここまで、教科書はこの部分をしっかり読むように
と記載された期末試験範囲表というものが出てきたのは試験の前日だった。
これでいい点取れればそりゃあ天才ですよ。
試験が終わって帰ってきてからの第一声は「簡単だった!!」
これも信じた私がばかだった!

次から次へと返って来るテストの点数を見て唖然としてしまった!
一体、何点満点のテストなの?これは?っていうのばっかりである。
あんた「簡単だった」って言ったのはなんだったの?本当はどうだったの!!
と聞いてみると、一個だけ簡単だったらしい!!
この日から彼の呼び名は「我が家の悪夢」となった。

答案用紙が全部帰ってくると私は何処までわかっているのかわかっていないのかを
確認するためにもう一度同じ問題をやらせてみた。
わからないところは教科書なりプリントなり見てもよいということで。
何を聞かれているのかさっぱりわからないとか、答えが教科書の何処の部分に
書かれているかさえわからないとしたらちょっと考えないといけないと思ったからだ。

すると完璧に答えを説いてやって来た。ということは勉強の仕方がわかっていない。
試験の重要さもわかっていないということだ。
夏休みに勉強の仕方を教えてあげればこれからは期待ができるかもしれないと思った。
彼の場合上がるしかない成績ですから!
よん君の凄い所は言われたことを最後まで頑張ってやり遂げる所である。
勉強を教えてあげながら色々話をした。
志望校へ絶対に行きたいこと。みんなと一緒に勉強したいことなど彼は話した。
私はその為にはどうしないといけないかを話して聞かせた。
私は高校受験の一番大事な中学3年生で病気のため100日間欠席をした
大して勉強が出来る方ではなかった。
公立の滑り止めに私立を受験するのだが私の場合、出席日数が足らないため私立には合格
出来ないといわれた。ってことは公立一本ですよ。
この時のことを私は忘れもしない。三者懇談に私の母親は来なかった。担任は目を丸くして
子供が受験が危ないという時になんという親だあ〜〜と怒り狂った。
親を見返してやろうと私は受験までのわずか3ヶ月で猛勉強をした。
田舎から町の高校への受験であった。その高校の受験倍率は2倍!二人に一人が落ちる・・・・
合格発表の日私は恐くて見に行けなかった。が母が泣きながら電話をしてきた。
合格してたよ!よく頑張ったね!と
この母は教育者として仕事をしていた人。さすが!あっぱれです。

この話をよん君にした。お母さんの人に負けない所は努力をする所。
あんたもお母さんの子だったら絶対に努力のできる子!
天才といわれる人も1%は生まれ持ったもの、でも残り99%は努力だよ!
だから志望校に行きたいのなら今からお母さんと一緒に努力しようと話した。
彼は泣きながら聞いていた。そして絶対に頑張ると私に言った。
小学校のときよりは本当に成長したと思った。

学校でピアノをご披露したらしい。!
ある日、学校から帰ってきた彼は嬉しそうに「かっこいい」と言われたと私に報告した。
音楽の時間にピアノを弾くことになったそうな!
先生に弾いてみるかと言われて「いいよ」と答えたらしい。
大して練習もしていないし楽譜も持っていない。よく弾けたもんだと感心した。
私の中では良かったね。くらいしか思っていなかった。

家庭訪問が夏休み前にあった。本当にいい担任に恵まれたと思う。
初めてのテストの成績は散々ではあったが、彼のいい所、気を付けてあげたい所などを
しっかりと把握して下さっていた。それにちゃんと手を打って下さっていた。
この時に初めてピアノご披露の様子の詳細を伺った。
どの子も感動して聞いてくれたらしい。一人一人が感想文まで書いてくれたとか。
音楽の先生もとてもいい授業になったと喜んでくださった。
それが学級新聞に掲載された。「よん君かっこいい」と見出しを書いてくれたのはあのお友達である。
子供達の感想文が掲載された学級新聞は私の宝物になった。

内容の1部を紹介しよう。
僕は彼がピアノを弾けることを知りませんでした。楽譜なしで弾いて凄いと思った。
ピアノが弾けることよりも彼の頑張っている姿に感動しました。僕も何か挑戦したいと思います。
かっこいいと思った。などなど・・・

そりゃあ勉強もよくできてしっかりした子がピアノを弾くのは大して感動しないかもしれない。
いつもぼわ〜としたよん君が弾いちまったから余計にびっくりしたのだろう。
今では私よりも上手に弾くと思う。男の子だから力もあるし手の大きさが違う。
本当に習わせてよかったと思う。
ピアノの先生に聞いてみると私の知らないご苦労があったそうな。
本当に感謝感謝である。

    

中学になって彼は美術部に入った。最初は部活の訳がわからず
友達と一緒に野球に入るなどと言っていた。
この時も良く話し合った。「あんたが一番したいことをするのがベストだよ、お母さんは美術部がいいと思うよ。
あんたは物を作ったり絵を書いたりすることが好きなんじゃあないの?」とアドバイスをした。
ご近所のおじさんが油絵の具のセットを下さった。いつも彼のことを目にかけてくれてる方である。
私はよん君の色使いに関心を持っている。とても綺麗な色使いをしている。何とかこの才能を
伸ばしてあげたいと思っている。
家庭訪問の時に伺ったが美術部の顧問の先生も少し目をかけて下さっているようである。

よん君の人徳
とても不思議であると担任が言って下さった。小学校でもそうであった。
何故か彼は色々な人に守られる。癒し系の存在になるらしい。
人が嫌がることもよくやってくれる。担任は彼の人徳でしょうねえ。とおっしゃった。
家で見る彼とは全く違うようだ。確かに妹の面倒を良く見てくれたりして優しい子である。
でも私から見ればもう少ししっかりしろよと言いたくなるのだ。


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