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atorie-NANA-
英語教育 専門施設の訓練 公文式教室へ勝手に行く
よく階段から落ちた 抜群の平衡感覚 ボランティアのお姉さん
迷子になる 多動と言われる 心優しい同級生
行動のパターン化 それに比べてどうよ
初めて謝られる ピアノを習う
しっかりした弟の存在 廊下で喧嘩
何がいけなかったのかしらん???と今でも色々考える。
私の友人達の中にも引き出しの鍵をなくしたのかあれよ、あれ、それ、それを連発する人達がいる。
でもあれ、あれと言いながら会話が成り立つのだから周りで見ているとかなり笑える。
関係のない話だが、私の親愛なるお友達のことを愛を込めて紹介してしまった。![]()
本題に戻ってよんよん日記 めもりー編のはじまり〜〜はじまり〜〜〜
彼は低体重出生児として生まれた。2300g程しかなかった。まあ本当によく泣く赤ちゃんだった。暇さえあれば泣いてる。
寝ない子だったので赤ちゃんとは寝ない生き物なんだ、とこのとき思った。そう思えば腹の立つこともないし、
結構呑気だったのかもしれない。身体の発達は普通だった。
子供が生まれたら必ず実践しようと思ったことが私にはあった。何を思ったのかこれからの子供達は
グローバルな人材に育ってほしいと願っていた。となると日本語だけではいけない。
万国共通語の英語の習得は必須である。
母国語が英語圏の人たちは習わなくても英語を話すようになる。となると赤ちゃんの時から英語を聞かせていれば
必ず話せるようになると信じていた私は彼の誕生と同時にあの英語教材を買った。
軽自動車が買えるようなあのお値段のあれである。彼はその教材をよく聞いていたし、ビデオもよく見ていた。
しかし一向に話す気配はない。
そりゃそうだわ!日本語さえ話せないのに英語が話せるわけないです。今になって思えば笑える話だが、
まさか日本語を手取り足取り教える羽目になろうとは家族の誰が思ったであろうか!!
今あの教材はピアノの下に眠っている。高〜〜い教材を買おうと思ってらっしゃる方、
必ず親が見てあげなくては効果はありません。子供が勝手にやって覚えるなんて事はほとんどありえませんから、
印鑑押す前に1週間は考えましょう。
彼はよく家の階段から落ちた。あんよが出来るようになると手押し車に乗って遊ぶようになった。
2階の廊下から階段はつながっている。やばいと思った、時すでに遅し。なんと車に乗ったまま階段から落ちてしまった。
我が家の階段は下3段目がゆるいカーブになっている。彼はそこでかろうじて止まっていた。しかしかなり急な階段である。
アメリカにある世界最高の絶叫マシンよりも恐かったのではなかろうか!幼児にしては凄いスタント??
こんなこともあった。私が2階に上がろうと階段の下へ行った時彼がまさに上から落ちてくる瞬間だった。
今でもスローモーションのように鮮やかに蘇るあのシーン・・・・どうすることもできずに呆然と立ち尽くしている
私の目に飛び込んできた光景は彼が階段で側転を1回転している姿だった。あっと思った瞬間私は
両手を差し出して彼を受け止めていた。
ほんの数秒の出来事である。もしあの時、私があの場所に行っていなければと思うと今でもぞっとする。
簀巻きにされてレントゲン撮影!
![]()
遂に階段から落ちて流血!!あの英語教材のしっかりした本を持って落ちてしまった。目の上を切ったらしい。
かなりの出血!頭も打っているようだったので救急で病院へ駆け込んだ。大暴れでレントゲンも撮れない!
ドクターと看護婦、私の3人でバスタオルでぐるぐるに簀巻きにしてやっとレントゲンを撮った。
目の上を縫っただけで頭には異常がなかった。本の角で目と眉毛の間を切ってしまったらしい。
よくぞ目を直撃しなかったものだ。この事件以来彼はバスタオルとバンドエイドを見ると絶叫していた。
切り傷ができて痛くてもバンドエイドはしないで痛みに耐えていたよん君・・・。
今でも時々思う・・・階段から落ちたのが悪かったのかなあ??・・・・・と
大きなスーパーで彼はよく迷子になった。何故か何処へ行っても何かをめがけて突進していくのである。
初めて迷子になった時は慌てた。自分の名前さえ名乗れない自閉症児が迷子になってしまった。
誰が彼の扱いをきちんと出来るだろうか???しかしである。記憶力はさすが!元の場所へなんと平然と戻ってきた。
それからは迷子にならないように気をつけたが迷子になってしまった場合、
私達はもとの場所で彼の帰ってくるのを待つことにした。
大きな駐車場に車を止めてそれこそ私が迷子になりかけた時、彼はしっかり覚えていて道案内をしてくれたりもした。
幼稚園入園前は母子クラブなるものに入ったが私には苦痛でしかなかった。
一緒に遊べないからである。でも心の暖かいお母さんたちに恵まれた。
母子クラブで幼稚園入園までにお友達と遊べるようになればと希望を抱いていたのになあ・・・・・
甘い夢は完全に裏切られた。
怒涛の幼稚園時代が始まった。少しずつ単語が出てくるようになった。彼のお気に入りの言葉は「信号」である。
信号と標識はちょっとしたおたくだったかもしれない。車の中からよく観察していたのであろう。
絵を描くとまあよく覚えているもんだと感心させられた。道路標識も全部覚えてしまった。
運転免許講習所の学科はおそらく標識だけは満点だろう。それが実際に役立つかどうかは疑問である・・・
今でもそのなごりが残っているのか、車で走っていると側から「お母さんここの信号。新しいのに替わってるなあ。」
などと言ったりする。それもたまにしか通らない道路でである。
ミニカーを順番どおりに並べて遊んでいる。これは「自閉症とは」という本を読んでみると必ずでてくる行動であった。
幼稚園と入園と同時くらいに専門施設での訓練が始まった。
発達の仕方にばらつきがあるため弱い部分を補っていくような訓練である。
リトミックも取り入れていた。それと認知の訓練もしていたと思う。
小学校に上がる前になると小学校の模擬授業をしたりした。
どんな内容の物をしたか詳しく覚えてはいないが毎回ひっぱたいてやりたいほど
言うことをきかなかった。今のよん君とは想像もつかない!
平均台の幅をご存知だろうか?わずか10cmだったと思う。ここに色々な障害物を並べて歩かせてみると、
するりするりとまあ上手に歩く。あの平均台の上を歩くだけでも慣れていなければ大変なことなのに。
彼は幼稚園の間に一輪者に乗れるようになった。平らな道だけではない。山道、坂道、でこぼこ道、見事に乗りこなしていた。
将来は中国雑技団か??などと夢を見させてくれることもあった。
医学的に言うと彼の場合は多動と言うほどでもなかったらしいが、幼稚園の担任は多動で困ると
私に言ってこられた。人に少し興味が出てきたのか人の反応を見て楽しむようになったらしい。
それがエスカレートして私は結局彼を観察するため幼稚園に張り込む羽目になってしまった。
テレビで咳をしている人の背中をたたいてあげるシーンがあった。それをたまたま見ていたよん君!
歯医者に行ったある日のこと。遠く離れた所に座っていたご老人が咳をしていた。突然その人の所へ駆け寄って
背中をたたいてあげてるではありませんか!!
そのご老人はたいそう喜んで「いい子に育てておられますなあ」と感心してくださった。
私はただただ苦笑いをするのみであったが、隣の人が咳をしていたならば、普通はどのような行動を取るだろうか?
「大丈夫ですか?」と聞いてあげて
背中をたたいてあげるくらいであろう。遠く離れたとこまで飛んで行く人はまずいないはず。
彼の頭の中には(咳をする人=背中を叩く)という情報がインプットされたにすぎないのである。
眼鏡をかけた人を見ると外さなくては気がすまないという自閉症児よりはいいかもしれない。が相手によっては、
今の時代怖いことになる可能性も無きにしも非ず・・・・
行動のパターン化は感情を待っている人間には通用しない。色々な人がいるからである。
いいと思ってしたことも相手を不愉快にさせてしまうこともありうる。
このことを中学になった今でもこんこんと教えている。とても難しい問題だと痛感する。
今まで頭を下げてばかりだった私が父兄から謝られてしまった。何でも幼稚園の教室でよん君の
後ろに座っていた二人の女の子が彼の髪の毛をハサミで切ってしまったらしい。
私はそんなことかと笑って「子供のしたことだし男の子だから気にしなくていいですよ」と答えたのを
覚えている。一人は彼のことを馬鹿にした人だった。
彼女は「貴方で良かった。他のお母さんだったらと思うと」・・・とかなりホッとした感じだった。
そんな人だからこそ私は笑って許した。遠まわしに人のことを色眼鏡で見るものではありませんよ、
自分が頭を下げる側になることもあるんです。
と言いたかったから!!
私はこの幼稚園時代のことは語りたくないくらい毎日本当に泣いて暮らしていた。
彼のことをあの人がああ言ってる、この人がこう言ってると私にわざわざ話しに来る人がいたりして
本当に辛かった。
今思えば貴方達のおかげで強くなったのかもしれません。!!!
今は少々のことでは驚きません!!
よん君にとって一番よかったことはしっかりした2歳違いの弟の存在だと専門医から言われた。
確かにあいつは生まれた時から面白い子だった。
生まれて顔を見た瞬間、やってしまった〜〜と思ったくらい弟の顔はユニークだったのだ。
今は可愛いお子ちゃまになっているので一安心!!
リアクションのとても面白い子で親が言うのもなんだが本当にしっかりした子である。お兄ちゃんに、
なんで少し分けて生まれてこなかったかなあと思うくらいに!!
親がしっかりしてない分、反面教師で子供はしっかりするのかもしれない。
長嶋元監督がまだ若かった頃子供を球場に忘れて帰ったことは有名な話である。
その話を聞いた時、子供を忘れて帰る親がいるのかと私はあきれてしまったが、いるんですねえ。
子供を忘れて帰る親が!!!
私は3度子供を忘れて帰った。1度目は完全に忘れて帰ってしまった。
幼稚園に迎えに行って家に帰ったら後ろに乗っているはずの弟がいないではありませんか!!
もうパニックですよ。車に穴でも開いていたんじゃあないかと思うくらいにそれはそれは慌てました。
狭い車の中を隅から隅まで探しました。確かに私は子供を車に乗せたはず。
一体何処で車から落ちたんだろう???確かに乗っていたはずなのに???!
幼稚園の帰り銀行に寄ったとき一緒に降りたのかもしれない!?
私は乗っているもんだと思っているから確認もしないで家に帰って来てしまったのである。
通った道を引き返していくととぼとぼと泣きながら歩いている弟君を発見!!!
それから後も2回もやってしまった。いずれも未遂で済んで良かったのだが・・・
それ以来うちでは子供達を1号2号3号と確認をするようになった。
こんなこともあった。買い物に近くの巨大スーパーに行った。このときも子供達は、車の中で待っていた。
買物を終えて車を発進しかけた時弟がいないことに気が付いた。慌ててスーパーの中に戻り探し回ったが見つからない!!
迷子センターに駆け込んだら椅子に座ってる弟君発見!!
私の後を追って来たものの迷子になって自分で「迷子になりましたと言って迷子センターに来ました。」と店の人が教えてくれた。
弟君、この時若干3歳でした。 
我が家は学校からものすご〜〜〜く遠い!うちの家の前の道を挟んであっちは隣の学区である。
隣の学区へ行けばおそらく10分もあれば学校へたどり着くだろう。
しかし学区の端っこにある我が家は1年生の足では学校まで1時間はかかる。
集団登校をしているので上級生がいて少しは安心していたが色々あったようだ。
ある日上級生のお母さんからお怒りの電話をいただいた。
「うちの子を呼び捨てにしているのでうちの子が嫌がっています。止めさせてください。」
という内容の電話だったと思う。言葉を覚え始めたばかりの頃だったので聞いた言葉をそのまま
返していたのだろう。私は平謝りに謝ったが、少し考えさせられた。
今時の母親をこの人を通してみたような気がした。詳しい事は避けるが、なるほど!と思ったのである。
いつも迷惑をかけている側にいたからかもしれないが、
私だったらどうしていたかな??・・と本当に考えさせられた。
その家族にすれば、一大事の出来事だったのかもしれない。
でも、彼らのおかげで安心して登校させることが出来たのは確かである。
その日我が家は大騒動になっていた。5時になっても学校から返って来ないのである。
あちこち電話をしてみたが見つからない!!どこか溝にでも落ちたのか、誰かに連れ去られたのか?
必死に探しても解らない。学校へ電話を入れる前に幼稚園でお世話になった父兄に電話をしてみた。
なんと彼はその父兄のお子さんと一緒に公文式の教室へ行っていたのである。
彼がとっても好きな女の子であった。公文式の先生も丁度体験レッスンの時だったので教室の子が
お友達を連れてきたのか思い、まさか黙って来ているとは疑いもしなかったらしい。
一応「体験レッスンに来たの?」と聞いてくれたとか。
だが彼はまだ言葉がうまく話せずにオウム返しで答えたのだ
「体験レッスンに来たの」と。今では笑い話だがこんなことが日常茶飯事だった。
何かを聞かれてもそのままオウム返しで答えてしまう。「ジュース飲む?」と聞かれると
「ジュース飲む」と答える。すると本人は欲しくなくてもジュースが出てきてしまう。
買い物に行っても「これいらない?」ときくと「これいらない」と返って来る。
だから彼は欲しい物を小さい時買ってもらったことはない。
公文式は自閉症児にはとても解りやすい教材だったので行かせるつもりだった。私の手を煩わすことなく
連れて行ってくれたことを本当に感謝している。
毎日のプリントは大変だったがマニュアル化されることで安心して取り組めたようだ。。
この頃から大学生のボランティアのお姉さんと一緒に町へ出かける練習をするようになった。
親だとどうしても手を貸すようになるので知らない人の方が良かったと思う。
嬉しいことにいつも美人で優しいお姉さんが相手をしてくれた。
スーパーに買物に行ったり映画を見に行ったり、ボーリングをしたりと楽しい時間を過ごしたようだ。
こんな日常的な遊びが自閉症の人はスキルがないと出来ないのである。
取り組み始めたころは彼の出来そうなことをスケジュールに組みこんで一つ一つ確実に
出来るようにして彼に自信をつけさせていった。
3年間程の取り組みで彼は色々なことが出来るようになった。
いつの頃からだろう??少し会話が成り立ち始めた。でも妙に丁寧な言葉で話してくる。
自閉症の人は何か紋切り型で馬鹿丁寧な話し方をよくする。
私が住んでいる地方の方言でしゃべりだした時はとても嬉しかった。一つ自閉傾向が消えたと思えたからだ。
記憶力も少し落ちてきたようだ。普通だったらこれから記憶力が必要になってくるのにと落胆するが
普通の人に限りなく近づいて来たと家族で喜んだ。
でも、どうでもよい事はいまだに良く覚えている。
年に1度ある学習発表会、毎年私はどきどきはらはらさせられた。
学年が大きくなるにつれてすることも高度になってくる。
彼と同じグループになった男の子達が何やら廊下で話し合っていた。
彼が失敗しそうな所や、忘れてしまいそうな所を僕が助けてあげるとか僕が合図を出してあげるとか
そういう内容の話であった。なんと心の優しい子供達よ!
当の本人はこんなにみんなが心配してくれているとはつゆ知らず、ひょうひょうとして他の子供達の
発表を見ていた。
彼ら達のおかげで発表会は無事に終わった。私は帰りの車中で泣いた。
こんなに心優しい子供達に育てあげた彼らのお母さん達に本当に感謝した。
もう一つ心温まるエピソードを!! 
運動会のリレーのチームを決める時のことだったらしい。
誰もが1等になりたい。足の早い子はチームに歓迎される。が足の遅い子は歓迎されない。
よん君は足が遅いのではなくて競争心がないのでのらりくらりと走ってしまう。
クラスメートはそれを知っている。先生は子供達がどうするのか見守って固唾を飲んでいた。
するとどのチームも歓迎して彼を招き入れてくれたとの事。先生も「感動しました」と語ってくれた。
本当に心優しい子供達!!
運動会のリレーが始まった。よん君の番だ。のらりくらりと走ってる。
と、その時、私の後ろから見ていた誰かの親父が叫んだ!
「なんだ!あいつのろのろ走りやがって!」振り返ると近くの寺の住職だった。
子供が同じ小学校へ通っているのだ。私はよっぽど「うちの子です。すみません。」
と言おうと思った。でもやめた。こんな人に言っても逆に何か言われるだけだと思ったから!
誰が見ているか誰が聞いているかわかりません。
人の振りみてわが身を直せとはまさにこのことだと思った。
ましてや聖職者たる者!自分の行動と言動には注意しなきゃあ駄目ですよ。
説法する立場でしょ!
私はピアノが好きである。子供の頃、習いたかったが習わせてもらえなかった。
友達に「エリーゼのために」だけを小学校5年生の時に特訓してもらい弾ける様になった。
それに比べ私の姉は書道にお茶、オルガンを習っていた。姉妹たるもの、下に行くほど親が
手を抜くのは今も昔も変らない。
だから私は社会人になって自分で稼いだお金でピアノと英会話を習った。
自分の好きな曲だけでもピアノで弾けるのはとても優雅な気持ちになれる。
基本が出来ていないので下手くそではあるが別にコンサートを開くわけではないからいいのだ。
ある日よん君に聞いてみた「あんたピアノ習ってみる?」返事は「習ってみる。」だった。オウム返しでは
いけないと思って「本当に習うの?」と聞いたら「習いたい」と言った。それならと私の人脈が大いに活躍した。
自分のペースで、楽しみながら続けてレッスンが出来る所が良い。
友人にぴったりの人がいた。穏やかにピアノのレッスンをしてくれるまさに彼の先生にふさわしい人。
集中力がついたのかピアノを習い始めてから、なんと学校の成績が上がった。
確かに目で楽譜を見て左右の手は別々に動いている。ピアノを弾くってことは高度なテクニックですよ。
それと同時に自閉症の人は他の人よりも音感が優れている人が中にはいるらしい。
彼の場合も可能性がありそうなことを友人は言ってくれた。
習い始めてすぐ発表会にも出た。普通はステージに上がるとなると緊張して上がってしまうのに彼はいつも
ひょうひょうとしている。簡単な曲ではあったが大きなコンサートホールで楽譜なしで「オーマイ、サンシャイン」
を弾いた。白のカルバンクライン風のシャツにハーフパンツ!なかなかかっこよかった!
世のお母様方!息子がピアノを弾く姿はそりゃあかっこいいですよ!将来、白いレースのカーテンが
風に揺れる窓辺でピアノを弾いてる姿を想像するだけでもうっとりしてしまいます。
学校の廊下で休み時間、喧嘩をしたらしい。原因は悪いことは悪いと相手の子に言ってしまったことだ。
クラスメートが取り囲んでいる中の喧嘩だった。相手の子はかなり怒って殴りあいになりかけたそうである。
自閉症児は融通が利かない。誰もが傷つかないように、また出来事を穏便に済ませる為に
嘘も方便という言葉がある。方便と言うのは仮の教えのこと。釈迦が説いた法華経28品の中の方便品第2に
出てくる。釈迦はその時の衆生に合わせて本来の教えではなくて仮の教えを説いている。それが方便である。
そんなことは自閉症児には通用しない。悪い物は悪いんだから!
先生はどうなるのかと見守っていた。すると取り囲んでいたクラスメート達が相手の子に「彼の言う通り
あんたが悪い」と言って相手の子を責めたとの事。皆で「そうだそうだ。」ということになり
喧嘩は収まったそうである。
小学生の間はこれですむかもしれないがこれから先はそうはいかない。
大きな課題だと思った。
正しいことがすべて通る世の中ではない。嘘をつかないといけない時もある。正しいことをしているのだけれども
それが相手を傷つけたり、問題を大きくしたりすることがある。また自分が傷つけられることもあるということを
その度に教えていかなければならないと痛感した。
めもりー編、随時掲載していきます。
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